Leica iCON iCR70 で墨出しのデジタル化に成功。 作業工数が従来の「約10 分の1」に大幅削減
Customer Case Study - 事例
空調・給排水衛生工事の設計・施工を手がける株式会社ニシオ設備工業は、2021年、墨出し・芯出し用途に適した、ミッドレンジの建設用トータルステーション「Leica iCON iCR70」を導入。これまで2 人作業が必須だった墨出しの「1 人作業化」に成功した。従来のレーザー墨出し器とロングメジャーを使用するやり方では、3人がかりで3 ~ 4 日かかることもあった仕事量を、「1人で2時間」で完了させるなど、墨出しの工数が「約10 分の1」へと大幅短縮された。また、「墨出しのデジタル化」を実現したことで、今後ますます発展が期待される建設DX・建築DX への取り組みが一段と飛躍したことも、大きな成果である。
設備工事のデジタル化・省力化をめざす
「小規模事業者ほど、先端技術の追求が大事です。これからのビジネスチャンスは、建築DX へ真剣に取り組んで生産性を高めたところにあるからです」と、ニシオ設備工業代表取締役の西尾康治氏は語る。
同社は、福井県福井市の設備工事会社として設立50 周年を迎えた。
2006 年に二代目社長に就任した西尾氏は、父親である初代社長の時代に比べて建築・設備業界を取り巻くビジネス環境が大きく変化したことを痛感。時代に適応するために同社の業態を大きく転換させたという。
「50 年前に比べて地方都市の環境は非常に厳しい。従来と同じこと、他社と同じことをしていては生き残れません。新築案件が激減するなか、既存建築設備の機器保守点検・リニューアル工事に軸足を移しました」と西尾氏は説明する。
発注主はサブコンが中心だが、近年、建設DX・建築DXをはじめ、i-Construction、BIM案件、ICT 施工など、業界全体・国全体も大きく変化していることを痛感するという。
2021 年、墨出し器の導入検討を始めたのも、次の現場でMR(Mixed Reality: 複合現実)の実証実験を行うことが決まったためだ。西尾社長は、これを良い機会と捉え、設備工事のデジタル化・省力化を一段と進化させようと考えたのだった。
墨出し器とトータルステーションの機能を兼ね備えたLeica iCON iCR70
これまでの墨出しは、ロングメジャーを押さえる人と延ばす人で、少なくとも2 人が必要だった。ニシオ設備工業は、社員1 名・パート数名の陣容で、現場に出るのは社長の西尾氏と社員の福田氏の2人。墨出し作業に一緒にかかりきりになれば、他の作業がストップしてしまう。負荷の大きい作業であった。
「『自動で墨出しする機械が発売されて、それを使うと墨出しを1 人でできるらしい』という話は聞いていました。Webで検索すると、『レイアウトツール』という製品があったので、これを導入しようかと思い、デモに来てもらうなどの準備を進めていました。そのときにMRプロジェクトに参加している他社の方から、『墨出し器なら、ライカジオシステムズの製品を使っている会社がありました。操作する人がまだ新人なのにサクサク使っていて、使いやすそうでした』という情報をもらいました。そこで、ライカ製品も検討してみることにしたのです」と西尾氏。
ライカ製品で検討したのは、建設・土工用のロボティックトータルステーション「LeicaiCON iCR70」(以下、iCR70)である。
iCR70は、レイアウトツールの機能に加えて、トータルステーションの機能、それも高精度で本格的な測量機能を兼ね備えている。
「『製品開発の考え方が他社と違うのだな、墨出しを効率化するだけでなく、i-Construction やICT 施工まで意識して作った製品なのだな』と感じたのです」と西尾氏は言う。
レイアウト機能はもちろん、測量機能が魅力的だった理由は2つある。
1つは、設備工事では「逃げ墨」を打つことが多いからだ。
設備工事は、建物の基礎が組み上げられた状態で墨出しすることが多い。設計図の墨出し位置は通り芯からの距離が記載されているが、柱の真ん中などの通り芯が現実には見えないのだ。そこで、50cmなり1mなり離れた位置に縦方向と横方向に逃げ墨を出し、それを基準にして墨出ししていく。高精度な測量の機能があれば、正確に直交する逃げ墨を出して、墨出し全体の精度を上げられる。
もう1つは、今回の実証実験プロジェクトでは、MRのための基準点をその場で複数マーキングしていく必要があると予想されたためである。これも角度と距離が同時につかめるトータルステーションであれば、正確にしかもすばやく打つことができる。
iCR70 は、レイアウトツールとしての機能だけを、他社製品と比較しても優れていた。まず精度・誤差などのカタログスペックが良い。
操作性についても、タブレット操作だけでなくマニュアル操作もできるため、細かい調整が可能だった。
しかも価格は、当初検討していた単機能のレイアウトツールとほぼ同じだ。
2021 年、西尾氏は経済産業省の補助金制度を利用して、iCR70を購入した。
通り芯から1mずれた「逃げ墨」ベースの墨出しがすばやく正確に
MRの実証実験は、ある企業の新築建屋にクリーンルームを設置する工事において行われた。クリーンルームの広さは30m× 25m程度。施工期間は約3カ月。墨出し点は、約50 点だった。
iCR70 による墨出しは、事前準備として、設備図面の3 次元CADデータを取り込む。ニシオ設備工業では、建築設備専用3 次元CAD「Rebro」(NYKシステムズ)を使っており、墨出し点をマークしたうえでDWG出力する。これをメモリスティック経由で、ライカジオシステムズの建設用ソフトウェア「Leica
iCON Build」に読み込み、タブレットに表示させる。
「データ取り込みはスムーズで、迷うところはありませんでした」と福田氏。
施工現場では、レーザー光がさえぎられにくい場所を見定めてiCR70 を設置する。タブレット操作で現在位置を器械点として設定すれば、iCR70 は取り込まれた設備図面上での自己位置を認識する。次にタブレットに表示された設備図面で墨出し点を1つ指定すると、iCR70 は自動旋回して向きを変え、指定された墨出し点の位置を赤いレーザー光で指し示す。そこにマジックでマーキングしてから「決定」ボタンを押すと、タブレットに表示されている墨出し点が作業完了マークに変わる。
「入り組んだ場所でも作業完了した箇所がひと目でわかるので、重複して作業するミスを避けられます」と西尾氏。すべての墨出し点をリスト表示させて実行すれば、リストの順番でレーザー点の指し示しが行われるので、より効率よく作業ができると言う。
今回の墨出しは、壁用パネルを立てる位置の角出し、そして、空調機器を吊ったり、ダクト・配管を出したりする位置・高さ、空気を入れ替える開口部の位置出しなどが主な作業だった。前述したとおり、柱の通り芯から1mずれた位置に逃げ墨を十字形に打ち、その逃げ墨を基準にして墨出しする。たとえば
通り芯から3.5mの位置に線を引きたい場合は、逃げ墨から2.5mの位置に線を引くことになる。
従来のロングメジャーを使った墨出しの場合、通り芯から離れるほど誤差が大きくなるため、中間に複数の逃げ墨を打ち、そこで測り直すことで、離れた点でも誤差を最小限にするよう工夫する。ところが中間の逃げ墨から追いかけた点はまた微妙にずれるため、数十mも離れると、1 点のはずの墨出し点が3点も4 点も発生することがある。また、3 ~4 人で手分けして作業すると、各自でやり方が異なるため、ズレはさらに大きくなる。ズレが大きすぎれば、手順を戻って計測をやり直さなければならない。「離れた1 点」をマークするまでに、やらなければならない手数が多すぎる。
「ところがiCR70 で墨出し作業をすると、『1mずれた線』、『直角方向に30m離れた点』などは、苦労でもなんでもありません。すばやく正確な墨出し作業ができます」と西尾氏。
さらに福田氏は、「一番すごいなと思ったのは、基準点を一度設定すると、iCR70 をどこに移動しても設定をやり直す必要がないことです。設置・調整に手間をかけることなく、都合のいいところへ移動して作業を続けられるというのは、ストレスがなくて本当に助かります」と指摘した。
また使い勝手については、「iCR70 は望遠鏡がついていて、これまで使ってきたレーザー墨出し器と同様に目で覗いて角度を出すこともできるので、親しみやすかった」と、福田氏は付け加えた。
トータルステーションの機能を兼ね備えたiCR70は、墨出しはもちろん、基準点の設定もすばやく正確に行える。
MR(複合現実)の実証実験を支えたiCR70
墨出し作業がひと通り完了したところで、MRの実証実験が行われた。
デジタル革新が進む建設・建築業界では、XR(クロスリアリティ:VR(仮想現実)AR(拡張現実)MR(複合現実)の総称)の活用もさまざまな角度から取り組まれている。
今回のMR実証実験は、インフォマティクス社製のMR/AR システム「GyroEye Holo」を使用してCADデータをMRモデルに変換し、メガネ型のMRデバイス「HoloLens」(マイクロソフト)に映し出して、現実と重ね合わせて見るというもの。MRは、施工途中の現場で完成イメージをつかむことができ、窓の
高さに圧迫感がないかなどの感覚的なチェックまでできると、施主から好評だ。今回も、ダクトを天井から吊り下げ、両側にパネルを立てた完成状態を仮想的にHoloLensで見ながら、台車が通路を無理なく通れるかなどを、まだ天井・床・柱だけの現場においてしっかりチェックできた。
MRは、施工上のミスを早い段階で発見するという使い方もできる。
「iCR70 で打った墨出しのモレがないか、間違って大きくずれている点がないか、HoloLens をつけてチェックしてみました。MRの施工図と現実の床や柱を重ね合わせて見られるので、とてもわかりやい。施工工事の職人さんもHoloLens を装着してあちこち見ながら、『お、合ってる』と声をあげながらチェックしていました」と西尾氏はにこやかに語る。
ただしMRは現時点では、mm単位ではなく、数cm単位の誤差が出る。誤差は、MRの基準点から離れるほど大きくなる。そこで、iCR70 を使ってMRの基準点を次々に設定して誤差を抑制しながら、30m× 25mの広さをMRでチェックしていった。
「『この辺にも基準点を置きたい』と言われれば、iCR70で即座に対応しました。もしもロングメジャーを取り出していちいち測っていたら、大幅に時間がかかっていたでしょう。予想どおり、MRをやるにはトータルステーションの機能を備えたiCR70 が必要だったのです」と西尾氏は語る。
HoloLens を装着して見えるMRの画像。HoloLens装着者が、iCR70で測定した墨出し点とCGが合致していることを確認している
人為ミスのない正確な墨出しで「後戻り工事ゼロ」へ
iCR70 の導入で得られた最大の成果は、墨出し作業が1 人で完結できるようになったことだ。墨出しのたびに、2 人がかかりきりにならなくて済む。
墨出しの工数、手間、時間も大幅に短縮できた。
「30m× 25mの広さに空調機器を吊り下げてパネルを立てる今回のような場合、レーザー墨出し器とロングメジャーを使う従来のやり方だと、2 人で朝から始めても夕方までに終わらないかもしれません。これまでは、最初から応援を頼んで人数を増やして作業するケースですが、『おや、おかしい、10mm足
りないぞ』などと言ってやり直していると、3人がかりでも3 ~ 4 日かかってしまうことがあります。それくらい工数のかかる広さでしたが、今回は『1人で2時間』で完了しました」と西尾氏。
「実際に両方のやり方でやってみていないので比べにくいですが、感覚的には、作業工数が10 分の1 に削減されたと思います」と西尾氏は効果をまとめた。生産性向上に加えて、人件費削減、コスト削減の効果も大きい。
事務所での準備作業の時間も短縮できた。
従来は、現場に行く前に、すべての墨出し点について、基準点からの距離を計算して図面に数値を記入していた。1つの点を指示するのに、最低でも2つの数値が必要となる。漏れ・抜け落ちがあると現場で細かい足し算・引き算をすることになり、作業が停滞してしまう。
その上、出来上がった墨出し用図面はA1サイズの紙に出力して現場へ持っていく。何度も折り畳み直して終わったところを塗りつぶしたり、前の作業箇所を見直したりするのはわずらわしい作業だった。
「iCR70でも、CAD上で墨出し点を配置したり、タブレットに取り込んだりする作業がありますが、半日かかっていた準備作業が、2 時間で済むようになりました」と西尾氏は言う。
さらに西尾氏は、「実は、工数削減以上に大切な効果は、『正確さ』なのです」と強調した。
従来のアナログ作業は、人為的なミスを起こしやすく、足し算・引き算で1 ケタ思い違いすることもあれば、数字の「6」と「8」を読み違えることもあった。万一、墨出しに間違いがあれば、後作業でやり直しが発生して、チームのさまざまな人に迷惑をかける。天井から下ろしたダクトと開口部が合わないなど
の深刻な間違いであれば、後戻りの工事実施でコストがかかり、工期が延びてしまうかもしれない危険もある。
「後戻り工事を限りなくゼロに近づけたい。本当はBIMもMRもデジタルツインも目的は同じ、手戻りを発生させないために、みんなで最新技術を駆使しているのです」と西尾氏。図面どおりの正確な墨出しを実現して、後作業での手戻り発生を防ぐことができる、これもiCR70の重要な導入効果である。
iCR70 は、ビジネスチャンス拡大にもつながっていく。
どのような現場でも墨出しは必要であり、そのすばやさ、正確さで、ニシオ設備工業は会社の特長を印象づけることになるだろう。
「iCR70 は、特に規模が大きい現場ほど特長を発揮してくれるため、生産性向上の効果も大きい」というのが、西尾氏の見立てである。
「これからの建設・建築業界は、DXで大きく変わります。当社も最終的には、現場作業をすべてデジタル化したいと考えています」と西尾氏は力強く語る。
iCR70で墨出しをデジタル化したことで、また一歩、ICT 施工への取り組みを進化させたニシオ設備工業。「さらに次の一歩」に向けて、西尾氏は戦略を練っているところである。